理究の言魂(ことだま)

NO4-3 感情を科学する その3

アメリカの心理学者バーバラ・フレドリクソン博士 の研究によると、普通の人は、ポジティブ感情(以下ポジ感情)対 ネガティブ感情(以下ネガ感情)は、2:1。つまりポジ感情の方が多いと示しています。
うん?あれれ?前述の【感情の輪=円環モデル】では、ネガ感情が主流でしたよね。あれあれ?今回は、それと正反対?どういうこと?

よく考えてみると理解できます。
フレドリクソン博士は、日常の感情を分析しました。私たち人間は、通常の生活では、「地上1階=大脳」を駆使して生きています。できるだけトラブルが少ない家庭生活、職場生活、市民生活をしようと、努力します。
その学習効果が「感情の調整や抑制」。腹立たしいことが起こった時に『ばかやろう、ふざけんなよ!』と瞬間的に発することは普通しませんよね(笑)
一方、プルチック博士は、感情そのものを分析しました。それは、“素の情動・感情”に近いものです。だから、違う結果なのです。

私たちは日々の生活の中で、たとえ不愉快なことや、癪に障ることがあっても、それを一日中引きずってはいられません。なぜならば、人類は「家族・親族・集落・村」といった集団社会生活を“農業革命”をきっかけに発展させてきました。その共同体を通じて“素の情動と感情”もコントロールされてきたことは想像がつきます。
近代になり、多くの国では「学校」によって集団教育がされています。仲間になるためには感情をマネージメントすることを学んできたのでしょう。気分を害することがあっても、自己修正し、そして回復させる、そのような脳の働きになるよう進化させてきたと考えてもいいかもしれません。
ちなみに、私の場合は、「うりぁ~」とか「おりゃ~」と大声を出してスッキリさせます(汗)はい、気合が好きです(笑)

フレドリクソン博士の説で面白いのは、ネガ感情を排除していないという点です。これもわかります。無理していいことはありません。自分自身の感情を誤魔化したら、かえってネガ感情が暴発しそうですからね。彼女は、ネガ感情をできるだけ減させて、ポジ感情を増やそうという提案をしています。もっとも、ネガ感情をゼロにすることなど、私たち普通人には、土台無理です。日々、些細な事柄に感情は反応しています。

たとえば、
・雨に降られてビショ濡れ…“あ~あ、天気チェックしておけば”(後悔)
・満員電車の中で汗臭い人と密着状態…“おい、勘弁してよ”(不愉快)
・部下の企画プレゼンが期待はずれ…“こら、なにやってんだよ”(落胆)
・デートの約束をキャンセルされた…“はぁ、どういうつもり!”(怒り)
・掃除しているはじから汚すんだから!…“うそー、なにやってんの!”(イライラ)

特に子育て最中のネガ感情-発育心配・炊事・洗濯多忙・仕事のやりくり・睡眠不足-“とにかく時間がな~い!”-は、マイナス感情を誘発する要素がいっぱい。放置していれば心身ともに持ちません。ネガ感情をポジ感情に変換する工夫をしましょう。完璧を求めない、多少の失敗は想定内、手抜きを善とする、など考え方を変えることです。子どもやパートナーは、急には変えられません(泣汗)。自分が変わることが最短距離。

さて、フレドリクソン博士は、豊かな人生を歩みたければ、ポジ感情をネガ感情の3倍感じるとよい、そこで、「3:1の黄金比率」を提唱しました。共同研究者マーシャル・ロサダ の数学モデルから導き出されたので、「ロサダの法則」と呼ばれます。
メディアは面白がって「3:1の黄金比率」を取り上げました。さらに、「ポジ感情とネガ感情」が、「誉める 対 叱る」に変換(すり替わる)して“3倍誉めなさい”まで暴走し始めています。感情が即座に“叱ったり、誉めたり”には移行しないことは、少し考えればわかります。「叱る 対 誉める」については、教育理念(NO5)でも触れます。
心理学も日々進化しています。「3:1」の妥当性の是非は、今後問われ続けられるでしょう。ただ、ポジ感情>ネガ感情、誉める>叱る の不等号の関係は、安定した生活を送る上で大事なことなのは経験上理解できます。

「明・楽・元・素」言葉は、ポジ感情の表出として歓迎されます。その逆の「暗・苦・病・反」言葉は、ネガ感情として避けられ、疎まれます。しかし、人間は、ポジ感情、ネガ感情を併せ持つ生物です。
人間の感情のメカニズムを少し理解し、自分自身の感情の動きを客観的に見つめなおす(=メタ認知と言います)だけで、冷静沈着な行動が取りやすくなります。

次は、この章の仕上げ“プラス 賢”。

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