理究の言魂(ことだま)

動機付け理論では「叱る」も「ほめる」も同じ!?

~“内発的動機付け” VS “外発的動機付け”~

ここまで、「叱る」と「ほめる」について述べてきました。
心理学では、教育学的な「学習意欲」の問題を、「動機付け理論」として研究し、解明を試みてきました。
実は、「ほめる」と「叱る」は、“アメとムチ”にたとえられます。動物の調教の時に使われる手法。サーカスや水族館などでのショーは、すべて“アメとムチ”。外的動機付けと呼ばれています。外部からの刺激でモチベーションをコントロールしている、と言った意味では「叱る」と「ほめる」は変わらないのです。
エドワード・L・デシ は、「人を伸ばす力」の著作の中で、『ほとんどの人が、効果的な動機付けは本人の外から与えられるもの、熟達した人(天性のコーチ、熱心な教師など)が与えてくれるものと考えている。しかし、外からよりも自分で自分を動機づける方が、創造性、責任感、健康な行動、変化の持続性、といった点で優れている』と研究結果を報告しています。

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

そして、指導者たちが考えなければならない問いは、「他者(生徒や部下)をどのように動機づけるか」という問いではなく、「どのようにすれば他者(生徒や部下)が自ら動機付ける条件を生み出せるか」を問わなければならない、と結論付けています。

「外発的動機付け」要因によってもたらされる短期的な従順さよりは、「内発的動機付け要因」を刺激して、長期的な利益を優先させることの方が望ましいとされています。
さてさて、難しい問いに入ってきました(汗)
心理学者たちは、ガチンコの“内発的動機付け”VS“外発的動機付け”論争で、“内発的動機付け”に軍配を上げています。しかし、現実はそう簡単に運びそうにありません。デシが主張しているように、他から強いられた課題は持続性が短い事は誰でも経験があります。自分の好きな事は、何時間やっていても平気なわけです。
では、「好きな事だけやらせていいのか」・・・という極端な問いが聞こえてきそうです(汗)。私たちは、現実の世界で生きています。集団生活、社会生活をしている中で、“義務”“や”果たすべき責任や任務“があります。つまり、「家庭のルール・社会ルール」を遵守した上で、「好きな事をやる」と考えるのがいたって、常識的。

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